《要旨》
TPP合意による著作権保護期間の延長に際しては、コンテンツ産業育成のため、部分的登録制の導入、図書館等の複製に関する権利制限などを合わせて導入すべきである。
《全文》
TPP交渉の大筋合意により、著作権法の改正が取り沙汰されております。TPPにより、我が国におけるこれまでの著作権制度の大幅な転換が想定されています。その中には、非親告罪化、法定賠償金の導入など、これらについてもいろいろ懸念があるところですが、ここでは主として著作権保護期間の死後70年への延長問題について議論させていただきます。
まず、米国の批准の見通しが明らかでない中、拙速に著作権法を改正することには反対であります。その上で、仮に改正するならば、以下のことを真剣に考慮していただきたいとの要望であります。
著作権保護期間の延長については、映画や音楽を中心とする米国コンテンツ産業の強い要望から来ていると考えられます。我が国はコンテンツの輸入国であり、著作権使用料は約6000億円の赤字 (2013年 [1]) であります。米国のコンテンツ産業は、映画・音楽など商業的価値の高いコンテンツを多数保有しており、保護期間の延長により、この赤字はますます拡大することが想定されます。
さらに、保護期間の延長はコンテンツの再利用にも影響があります。たとえば過去の小説や脚本を映画化・舞台化したくても、あるいは古い音楽を演奏したくても、死後70年という長い期間は、その著作者や相続者を探し出して連絡を取ることを非常に困難にします。相続者が多数にわたり、すべての相続者から許諾を取ることは事実上不可能となります。こうして過去の多くの文化資源はまったく再利用の道が閉ざされてしまいます。コンテンツ文化は過去の遺産の上に新しい脚色を施して発展していくものであり、これはシェークスピアの『ロミオとジュリエット』が『ウェストサイド物語』などさまざまに翻案されていることからも明らかです。保護期間の延長はコンテンツ産業の発展上大きな打撃となると考えられます。
著作権保護期間が死後70年である米国においても、著作権局長マリア・パランテ氏は、2013年3月20日の米国下院証言で、「死後50年過ぎたら、相続者が著作権局に登録しない場合は保護期間満了とみなしてはどうか」と提案しています [2]。さらに、教育機関や図書館が利用する場合は、原則として複製が許諾されているものこととし、許諾しない場合は著作権者がその旨意思表示するという「オプトアウト」方式も提案しています。その理由は、市民の利用を容易にするとともに、著作権者と連絡がとれないためにデジタル化ができない、いわゆる「孤児著作物」問題を解決するためです。
実際著作権保護期間70年が実施されている米国では、著作権保護期間内であっても図書館による書籍等のデジタル化が大幅におこなわれております。グーグルが著作権の生きている本をデジタル化したことを、著作者などが著作権法違反と訴えた係争は、2015年10月に「フェア・ユース」であるとの理由でグーグルの勝利に終わりました [3]。また、テレビニュースについては、著作権法図書館等が無許諾で複製保存することができ [4]、その結果過去のテレビニュースが自由に閲覧でき、研究調査可能となっています [5]。
わが国では、たとえば夏目漱石・芥川龍之介など保護期間満了の書籍11,000冊以上がボランティア活動により電子化され、無償・無契約で「青空文庫」[6] として利用に供されており、我が国の電子書籍ビジネスの土台となっています。保護期間が延長されれば、この活動は終焉せざるを得ません。その他各方面で進められている書籍、絵画、映画、録音資料、その他文化遺産のデジタル保存活動は重大な打撃をこうむることになります。
このような状況を鑑みるに、TPPにより著作権保護期間を延長する場合には、相当の安全弁が必要と考えられます。以下に提案させていただきます。
[参考資料]