デジタルコンテンツ

 

インターネットの世界をたとえて見れば、地球に海が生まれ、その海の中にまず微生物や藻類が生まれ、そして藻類が作り出す酸素によって酸素呼吸する多種多様の動物・植物が生まれてきた様子に似ている。初めは単に大学のコンピュータ同志をつなぐネットワークとして生まれたインターネットは、電子メールと Mosaic と呼ばれた初期のブラウザ 1) を触媒とし、Windows95 をきっかけとして急速に拡大・発展した。いまのはやり言葉で言えば、わずか 1-2 年の間に「社会現象」となったのである。

電子化された情報の歴史を振り返って見れば、1960 年代に科学技術データベースの電子化が始まり、1970 年代に DIALOG や ORBIT といったオンライン情報検索サービスが勃興し、1980 年代には CD-ROM が姿を見せた。この間一般分野での電子化情報というものは音楽 CD だけといってもよい。したがってこれまでは電子化情報は常に科学技術情報に代表される「専門家情報」であった。その他のさまざまな試みは、いわば「早すぎた」種だったのである。

しかしインターネットは電子化情報をあらゆる分野に「解放」した。過去においては電子化情報といえばデータベースであったが、いまは「メディア」であり、「通信」であり、「ショッピング」であり、「娯楽」であり、「日常生活」なのである。「デジタルコンテンツ」はこれらすべての分野をカバーする、流通を目的として作成された電子化情報である。簡単にいえばインターネットの「中味」と定義することができる。

したがってデジタルコンテンツを分類すると、その形式からいえば、

- データベース、電子雑誌、新聞記事などの文書情報

- 音楽、動画、ビデオなどのマルチメディア情報

- ゲームなどのインタラクティブ情報

であり、またその機能からいえば、

- 情報提供 (商業的、あるいは官公庁の)

- 娯楽、メディア

- コミニュケーション、パブリック・リレーション (企業から個人のホームページまで)

- 広告・販売促進媒体

- 研究開発活動、創造活動

等である。これらの形式、機能は独立しているものではなく、相互に絡み合い、成長を続けている。こうしたすべてを総合的に論ずることは極めて難しいが、科学技術情報分野を中心としてひとつのスナップショットを試みたい。なお科学技術情報の立場から現在の動向を分析した、CAS の Massie 所長の講演記録 2) は一読をおすすめする。

 

1. 商用データベース

商用データベースの分野は激動を迎えている。インターネットと全文検索エンジンの進歩のおかげで情報提供が容易になり、医学分野 (PubMed 3)) や特許分野 (日本特許 4)欧州特許 5)米国特許 6)) で、各国政府レベルでの無料情報提供が本格化している。こうしたことは一般論としては税金で作成したものの納税者への還元という意味で喜ばしいが、一方では付加価値を付けたサービスが困難になる、つまり「角を溜めて牛を殺す」面も否定できない。

さらにデータベース作成者が自分で購読料方式のインターネットでの情報提供サービスを始めている。こうして伝統的なデータベース・サービス、すなわち最も伝統的なデジタル・コンテンツは明らかな転機を迎えている 7)

 

2. ファクト系データベース

文献系の商用データベースにくらべ、情報内容が専門的で利用者も限られている科学技術系のファクト・データベースは、常に日陰であった。しかしインターネット時代はいわば価値の転換の時代であり、超民主主義の時代である。インターネット上では伝統・格式のあるコンテンツと、新規なあるいは個人的なコンテンツの間になんら価値の相違はなく、また流通上でのハンディキャップも存在しない。今はファクト・データベースの最初の黄金時代といってもよい。

ファクト・データベースの流通面のひとつのモデルは化学物質情報の ChemFinder 8)(図 1) である。ここである化合物、たとえば安息香酸 (Benzoic acid) を検索すると、これについてのさまざまな関連情報を持っているサイトがリストされる (図 2)。たとえばそのスペクトルを見ることも簡単である (図 3)。こうして今まで孤立していたファクト情報がリンクによって生き返る。まさにインターネットのひとつの本質はリンクであるということがわかる。

図 1. ChemFinder で Benzoic acid を検索するところ

図 2. ChemFinder での Benzoic acid の検索回答

図 3. Benzoic acid の赤外スペクトル (これは米国国立標準技術院 (NIST) の Chemistry WebBook にリンクしている)

また提供技術の発展により、データベース自体にグラフィックや動画、音声などの付加価値をつけることも極めて容易になった 9)

科学技術系のファクト情報とは生の研究情報であるから、ファクト・データベースは研究交流そのものといってよい。遺伝子分野では新規な核酸配列をインターネット経由で登録し、全ての研究者がその情報に自由にアクセスできるシステムがしばらく前から確立している。こうした動きはさまざまな分野で研究活動そのものを変革する可能性を持っている。

 

3. 電子雑誌

電子雑誌についての最近の動きについては筆者が書いた記事を参照頂きたい 10)。これに加えて最近の状況についていえば、電子雑誌への方向はますます強まっている。単に電子雑誌の点数が増えている 11) だけでなく、

- 多くの学会・出版社が電子雑誌提供サービスに乗り出している。

- 多くのデータベース・サービスが電子雑誌とのリンクを売り物にしているだけでなく、電子雑誌をメインにすえたデータベース・サービスも多くなっている 7)

- 速報サービス、リンク機能など電子雑誌の特徴を生かしたサービスが出現している 12)

- 冊子体のないインターネット雑誌の出版も次第に増えている 13)。

- 冊子体で不可能なマルチメディア化の試みがある 14)(図 4)。

図 4. 「ながれ」の論文の例、貼りつけられた図が自動的に変化する。

この分野では、毎年の購読料の値上げによって図書館での雑誌購読が困難になるという、きわめて生臭い現象があり、このことが自体の発展のひとつの阻害要因となっている。しかし電子雑誌の特性を生かした発展の芽は見えていると思われる。

 

4. 書籍

書籍の CD-ROM 化はさまざま試みられたが、必ずしも成功したとはいえなかった。最近通産省が後押しする BookWorld 15) などインターネットを利用した動きがある。ここでは決済方法によって West Floor と East Floor に分かれており、どちらも UC カードを使っている。専門家対象でなく、一般読者を対象としたこのような試みが成功するかどうかはまだ未知数である。

5. 新聞・テレビ

主要な新聞・テレビはそれぞれポータル・サイトをもち、積極的にコンテンツの配信をおこなっている。中でも本格的なのは CNN 16)(図 5) で、記事の本文、写真のほか RealPlayer または Windows Media Player を使ってビデオも提供している。ここでは関連記事へのリンクも徹底している。

図 5. CNN の記事、右下にビデオへのリンクが見える

6. 博物館・美術館

博物館・美術館では所蔵品のデジタル化が以前からおこなわれてきた。当初はビデオ化、CD-ROM 化であったが、最近はインターネット向けの加工も進んできた。たとえばフランスのルーブル博物館のサイト 17) にいけばモナリザ他さまざまな絵を見ることができる (図 6)。また WebMuseum 18) は世界中の美術を集めて公開している (著作権の関係で最近の絵は見られない)。

図 6. ルーブル博物館の「民衆を導く自由の女神」

わが国でも国立民族学博物館では所蔵品のデジタル化を積極的にすすめている 19, 20)QuickTime で三次元的に動かして見ることができるものもある 21 (図 7)。

図 7. 国立民俗博物館の QuickTime 画像、実物は左右上下に回転してみることができる。

7. マルチメディア・コンテンツ

一般向けのデジタルコンテンツの本命はマルチメディアであろう。まず音楽分野が先行している。最近出現した MPEG Audio Layer 3 (MP3) を使うと簡単に CD から圧縮データが作成できる。これを使って音楽データを流通させるサイトが最近多数出現して 22) 著作権問題に発展している 23)。ウェブカラオケは既に実用化している 24)

今のインターネットのスピードでは長時間のビデオの配信は難しいが、短時間のビデオはすでに配信されている。Panasonic DVD JWP Collection 25)(図 8) では RealPlayer を使って自社の DVD のサンプルを提供している。FRANKEN 26) ではビデオ・クリップのほかコミックや写真、アニメーション、ゲームなど多角的に提供している。

図 8. Panasonic DVD JWP Collection

インターネットゲームは Web 上で直接対戦するもののほか、Shockwave, VRML, Active X や Java で作成したものも多い 27)。これらにはアマチュアが作ったものも多いが、最近は通常のゲームを Web で販売することも試みられている。

 

8. ポータルサイトの現状と今後

インターネット初期の成功物語のひとつは Yahoo! である 28)。このYahoo! をはじめ AltaVista, InfoSeek, Lycos などのサービスは、当初は「検索エンジン」とよばれていた。これらは今年は「ポータル・サイト (Portal Sites)」と呼ばれている。Portal とは玄関という意味である。これまで紹介してきた多くのデジタルコンテンツ・サイトは基本的にポータル・サイトということができる。

これらのサイトは、従来のように利用者が検索するのを待っている受動的な役割でなく、利用者が求めているさまざまな情報を積極的に提示する、情報への玄関として機能しようとしている。たとえばわが国のそうしたサイトのひとつ「goo」を見てみよう 29) (図 9)。通常の検索機能のほかに、新聞記事、天気予報、ゲーム、エンターテインメント、金融情報、スポーツ、旅行、就職情報など、利用者の関心が高いテーマの案内を載せている。こうして多くの人の流れができれば、広告収入が上がり、株価が上がるとしいう仕組みである。

図 9. goo のホームページ

ポータルサイトは科学技術の分野でも普及しつつある。たとえば医療情報の雑誌「日経メディカル」のホームページ 30) を見ると、その雑誌の目次やバックナンバーのほか、医学関係の学会開催情報、書籍情報、最近の医学の進歩など、読者 (この場合は医師) が興味を引きそうな情報がのっている。

海外では科学技術情報を中心に据えたポータルサイトがすでに 1 年以上前から活躍している。有名なのは化学分野の ChemWeb 31)(図 10) や医学分野の BioMedNet 32) で、どちらも会員制で科学技術ニュースや学会開催情報、書籍情報に加えて、関連する文献データベースや電子雑誌を提供している。データベースや電子雑誌以外は無料である。

図 10. ChemWeb のホームページ

 

9. テクノロジー

デジタルコンテンツにとっておそらく最大の技術発展はブラウザであったであろう。従来は画像は画像ビューア、音声は音声ソフト、といったかたちで個別対応がおこなわれていた。ブラウザはこれに対して全ての機能を (それ自体、あるいはプラグインという形で) 吸収したマルチパーパス・プラットフォームである。ブラウザによってはじめてインターネットの発展が可能となった。

コンテンツの作成・利用するための技術はさまざまであるが、たとえば、

- 文書 SGML, XML, PDFCatchWord など

- データベース 各種 common gateway interface (cgi)

- 音声 MIDI, RealAudio, MPEG Audio Layer 3 (MP3) など

- 動画 MPEG, shockwave など

- 3D 画像 VRML など

- ビデオ QuickTime, RealVideo, Windows Media Player, VDOLive など

- アプリケーション Java, ActiveX など

などがあり、今後もさらにより優れた方式が出る勢いである。ユーザとしては当分技術の変化に追われることは避けられない。これら技術の詳細については本稿では省略する。

文書・データベース分野で興味深いのは XML の動向である 33)。SGML の簡略化、あるいは HTML の構造化として開発された XML は、マイクロソフト社の Internet Explorer 5.0 や Office 2000 でのサポート宣言により大化けの可能性がでてきた。これによりインターネット上で構造化された情報、たとえば表やデータベースのようなものを簡単に取り扱えることになる。

 

10. おわりに

デジタルコンテンツとは広く考えれば電子化された (バーチャル化された) 「社会現象」である。科学技術からビジネス、娯楽、さらには恋愛から人の生死まで、デジタル化される得るものは全てデジタルコンテンツとなる。今後の展開は興味深いとともに空恐ろしいものもある。

 

 

1) ロバート・リード、「インターネット激動の 1000 日 (上)」、330 page, 日経 BP 社、1997.

2) マッシー、ロバート J.、「インターネット時代の科学技術データベース」、情報管理、41(11), 902-913, 1999.

3) PubMed <http://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/>

4) 特許・商標情報提供サービス <http://www.jpo-miti.go.jp/indexj.htm>

5) esp@cenet <http://ep.dips.org/>

6) USPTO Web Patent Databases <http://www.uspto.gov/patft/>

7) 時実象一、「1998 年ロンドンオンライン情報会議報告」、情報の科学と技術、印刷中.

8) ChemFinder <http://chemfinder.camsoft.com/>

9) 飯島邦男、「新時代における情報提供術 [第 10 回] ファクト DB の事例紹介 2 - 物質・材料分野のファクト DB -」、情報管理、41(10), 834-845, 1999.

10) 時実象一、「学術系電子雑誌の現状」、情報管理、41(5), 343-354, 1998.

11) Alphabetical List of All Electronic Journals <http://www-sul.stanford.edu/collect/ejourns2.html>

12) 羽田幸代、「アメリカ化学会 Web 版ジャーナルの活用法」、化学、53(11), 41-45, 1998.

13) たとえば、PhysChemComm (英国王立化学会) <http://www.rsc.org/is/journals/current/physchemcomm/pcccon.htm>

14) たとえば、ながれマルチメディア (流体力学会) <http://www.nagare.or.jp/journals/mm/index.htm>

15) BookWorld <http://www.bookworld.ne.jp/>

16) CNN <http://www.cnn.com/>

17) ルーブル美術館 <http://mistral.culture.fr/louvre/>

18) WebMuseum <http://SunSITE.sut.ac.jp/wm/>

19) 杉田繁治、「デジタル・ミュージアムからの情報発信 - 国立民族学博物館での試み」、1999 年情報学シンポジウム講演論文集、95-102、1999. 1. 13-14.

20) 守屋祐子、「民博のデータベースたち: その作成と利用」、情報の科学と技術、48(2), 87-94, 1998.

21) たとえば大モンゴル展の展示品 <http://www.minpaku.ac.jp/>

22) たとえば MP3.com など <http://www.mp3.com>

23) 「JASRACなどが違法なMP3サイトの撲滅キャンペーン」 <http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/980730/mp3.htm>

24) たとえば、パナソニック 通信カラオケ 「ゆめカラ」 <http://town.hi-ho.ne.jp/info/karaoke.htm>

25) Panasonic DVD JWP Collection <http://town.hi-ho.ne.jp/enterT/JWP/>

26) Franken <http://www.franken.ne.jp/>

27) Yahoo! ゲーム <http://www.yahoo.co.jp/Recreation/Games/Internet_Games/Interactive_Web_Games/>

28) ロバート・リード、「インターネット激動の 1000 日 (下)」、309 page, 日経 BP 社、1997.

29) goo <http://www.goo.ne.jp/>

30) 日経メディカル <http://bpwww2.nikkeibp.co.jp/NMANDNHC/NM/>

31) ChemWeb <http://ChemWeb.com/>

32) BioMedNet <http://biomednet.com/>

33) SGML/XML 研修フォーラム特別号、情報知識学会、97 page, 1998.